

| やまぐち えみ | |
| 35歳(1976年1月6日) | |
| 福岡 |
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ファイナンシャルプランナー2級技能士
証券外務員第二種
全商簿記1級、英語教員1種、2種
CAMES(カラーセラピー)カウンセラー、花柳流名取、メイク、ネイルBS取得
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長崎県出身。高校まで地元長崎で過ごす。(余談だが、高校時代は雲仙普賢岳噴火の為、ほぼ学校には登校していない。自然の驚異を知った。)
“将来は海外で暮らしたい”という願望が幼い頃から強く、大学時には英文科に在籍。その間一年間アメリカへの留学も果たした。ホームスティ滞在先の家族や、アメリカで旅した先の友人が同世代でありながらも“夢”という目的を持って生きていることに刺激を受け、その頃から自身の夢、将来のことなど模索する自分探しの旅がスタートする。
帰国後、残りの大学生活はバスケとバイト三昧の日々。バイトは時に夕方5時から12時間、ぶっ通しでシフトされることも。そんな無理なオファーも“生活費の全額を賄うため”と快く引き受け、その代償として寝ずに学校へ行く日もたびたびあった。
時はバブルが弾け不景気=第一次就職氷河期に突入。そんな時期に運悪く就職活動がスタートする。周りの友人が次々と就職先を決めていく中、留学先の影響から続く自分探しの旅はまだまだ中盤。
卒業後も勉強を続け憧れていた教職に就くのか、それとも企業の一般職として働くべきか悩む中で、卒業と同時には就職先は決まらず…。それでも夢と希望だけは膨らませ、九州一のビッグシティ・福岡の地への引越しを決意する。
福岡での自由な(無職)一人暮らしが6カ月過ぎ、そろそろ本気で仕事を探さねば…と真剣に思い始めた頃、友人からの誘いを受け美容関係のバイトに就く。化粧品にもメイクにも興味のなかった私だが、同じ職場で働くスタッフは同郷が多かったこともあり、仕事の楽しさをすんなりと覚え短期間で正社員の道へ。
それから美容畑を10年間歩むことになる。その間、引越しはなんと9回。福岡→大分→京都→下関→島根と転勤を重ね、下関時代には異例の昇進を果たし、なんと5店舗の統括、さらには部下を30人持つというエリア部長に抜擢された。
前職で一番大切していたこと。それは顧客とのコミュニケーションだ。カウンセリングを通して、顧客が持つ悩みを知る。もっとツヤ肌にしたい、ニキビを治したい、痩せたい…。顧客と一緒になって目標を決めひとつ一つクリアしていく。自分のアドバイスによりキレイになっていく顧客を見ることが大きな喜びとなった。自分の美容の知識が役に立ち、喜ばれるその爽快感、成果を挙げる自分に対して会社が認めてくれている充実感がたまらなく、気付くと10年の歳月が過ぎていた。
不況の波は美容業界にも及び、10年働いた会社があえなく倒産。企業に属し働いてはきたものの社会保障制度など、知識が乏しい自分がそこにはいた。「無知は罪なり。」社会のこと経済のことお金のこと、もっと貪欲に知識を身につけたいと「財コンサルティング」のセミナーに参加。そこでファイナンシャルプランナーという仕事の存在を知る。
“顧客と目的を共有し、自身のアドバイスをもとに目的を達成する…”その部分に喜びを感じていた前職。それが顧客の“ライフプラン”となればさらに関わりも深くなる。顧客と一時的でなく長く関係が続く喜び、その人の人生に携わるという責任感。新しい仕事を通した“自分探しの旅”と“人生の伴侶探しの旅”はまだまだ続きそうだ。
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呵呵大笑(Laugh and be fat)
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料理、運動、旅行、着付け
熱唱しながら自転車に乗ること(笑)
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出会えたお客様には目標達成、自己実現ができる様サポートしていきたい!
宜しくおねがいしまっす(気合)
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